自分史、電子書籍、素人さんへの警告チラシ

自分史書き方何でも相談と電子書籍出版及び警告チラシ

自伝を書くための基本

連載第8回 
時代が変わっても変わらないもの――人間の心
●感想文のなかの『こまやかな感情表現』『主人公の赤裸々さ』などは書き手が主人公を詳細に取材し同時に容赦なく丸裸にして書いたからだろうか?
 このように、自伝というからには書く本人の相当な覚悟が要る。覚悟といえば大げさだが、ただ真実と素直さで何の気負いもなく書けばいいのである。そうすれば必ず読み手に伝わるものだ。とりたてて屁理屈を並べる必要など何処にもない。あらためていうが、自伝・自分史は純文学如何を競うものではないこと。
 わたしが実践している「文章描画法」であるが、難解なところなど一つもないといっている。そのかわり、最も大切なことは、くどいようだが真実を書くこと。


●情景描写は余分な形容など省略し短く書けばよい。肝心なのは、会話文である。前述の「夜の光」の如く、この会話にあらゆる情報が含まれている。時系列構成場面…そのなかで繰り広げられる会話の数々。これらは何の誇張もエエ恰好もない赤裸々な会話文であることが成功への鍵となる。


●この書き方について今一つピンとこない方は戯曲を見ていただきたい。例えば、文豪、菊池寛さんの「父帰る」など。わたしの「文章描画法」は或意味では自伝の戯曲バージョンでもあるのだ。
 さて、自伝の画期的表現「文章描画法」については、このあたりで説明終了として、次に、初めて自伝・自費出版にチャレンジする方を対象に、自分史全盛期に制作頒布した「自費出版のための書き方ガイド」から主なところを抜粋して次に掲げる。


●これは、古い話で、一九八五年初版、一九九〇年第三刷として世に出したもの。沢山の人に読んで貰った。何故か教員OBの方々に人気があったのを覚えている。


●このガイドの内容は、描画法を考えるずっと前のことなので、通常といえば変ないい方であるが、自分史という言葉が世にデビューして間もない頃の常識的な記述方法である。しかし、書くという基本には変わりがない。それで、原文のまま掲載する。少しでも参考になれば幸甚である。


●時代の変遷とともに暮らす人間も変わる。当たり前のことだが、そのなかに「人間の真実」がある。これ無くしては、いくら人工知能が発達しても害こそあれ益にはならない。次に掲げる復刻版は現在の電子書籍出版全盛期とは乖離している点も否めないが、〝ものを書く〟ことの基本としては普遍である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【復刻版】――平成元年初版
小冊子「自費出版のための書き方ガイド」


★ようこそ……自分史の森へ
◇はじめに◇
●用意するもの
a. 四百字詰め原稿用紙(一冊50枚綴りのものが良い。又は、チラシなどの空白部分を活用してもよい)
b. 筆記具(文字がはっきり読み取れるものなら何でもよい)
c. 辞書
d 横に細長い巻紙(人生年表を作成する為のもので、障子紙などが適している)
e. 信念(何がなんでも最後まで書きつづけるのだという不動の心得)

●以上五つをご用意いただく。このうち、a.~d.は「物」ですから楽にそろえることができます。だが、e.の信念となると何処の文具店でも売っていない。非売品である。従って、筆者自らの力でつくり出し、用意しなければならぬ。これが、個々人に確実に用意されると、すでに目的の九割は達成されたといっても過言ではない。


●ものを書く、というのは、精神を主体とした特殊な知的作業であり、頭に浮かんだ事象を整然と組立て、それを、一定の約束事にそって、文字として一字一字原稿用紙のマス目に書き込むという非常に根気、忍耐を必要とする仕事です。

●最初、書き始めてしばらくは気負っているので何とかガンバル。そのうち、なれないこともあって段々息切れが起こる。行き詰ってしまい、放り出したくなる。幾度か「もう、や~めた」と思う。そんなときは、今まで書いてきた内容がなんともつまらないように思えてくる。それで、益々イヤになってくる。結果、本当にやめよう、と考える。


●せっかく一大決心しスタートをきったのだから、途中で放り出すのは実にもったいない。
「必ず完結するぞ。オレの一世一代の大事業だ。必ず本にしてみせる!」こういう信念が是非とも必要となる。


●では、この不動の信念をどのようにして養うか……。
一つの方法として、「絶えず、書き上げた時の喜び、本になったときの感動」――このことイメージしながら書きつづける。これが大きなはげみとなる。

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山の辺書房 自分史書き方ガイド7回 チラシ2面

連載第七回
名作を読んでみよう
大正14年7月12日新潮社発行「夜の光」志賀直哉著より抜粋

「好人物の夫婦」
『深い秋の静かな晩だった。沼の上を雁が啼いて通る。細君は食臺の上の洋燈を端の方に惹き寄せて其下で針仕事をして居る。良人は其傍に長々と仰向けに寝ころんでぼんやりと天井を眺めて居た。二人は永い間黙って居た。
「もう何時?」と細君が下を向いたまゝ云った。時計は細君の頭の上の柱に懸かってゐる。
「十二時十五分前だ」
「お寝みに致しませうか」細君は矢張り下を向いた儘云った。
「もう少しして」と良人が答へた。
 二人は又少時黙った。
  細君は良人が餘りに静かなので漸く顔を挙げた。而して縫った絲をこきながら
「一體何して居らっしゃるの? そんな大きな目をして……」と云った。
「考へて居るんだ」
「お考へ事なの?」
  又二人は黙った。細君は仕事が或る切りまで来ると、絲を断り、針を針差しに差して仕事を片付け始めた。
「オイ俺は旅行するょ」
「何いって居らっしゃるの? 考へ事だなんて今迄そんな事を考へて居らしたの」
「左うさ」
「幾日位行って居らっしゃるの?」  
「半月と一ト月の間だ」
「そんなに永く?」
「うん。上方から九州、それから朝鮮の金剛山あたり迄行くかも知れない」
「そんなに永いのいや」
「いやだって仕方がない」
「旅行おしんなってもいゝんだけど、……いやな事をおしんなっちゃあいやよ」
「そりゃあ請合はない」
「そんならいや。旅行だけならいゝんですけど、自家で淋しい気をしながらお待ちして居るのに貴方が何所かで今頃そんな……」かう云ひかけて細君は急に「もう、いやいや」と烈しく其言葉をはふり出して了った。
「馬鹿」良人は意地悪な眼つきをして細君を見た。細君も少しうらめしそうな眼つきでそれを見返した。……』


――これが、文章の神様といわれる所以である。


※解説してみましょう。
●場景描写、時間、その他、改めて説明は無いが夫婦の会話のなかに全てのものをそっと含ませ、読んでもらうための諸条件を満たしている。物語の構成系列がしっかり出来ていれば、第一シーン、第二シーンと目を遷すとき「あぁ そうか……、成程…」と無意識のうちに自分流のイメージを膨らませているのである。
●そして、「次はどうなるんだろう?」と頁をめくり行を追う。ここまで行けばもうしめたもの。物語の森に呼び込み成功ということになる。著者は、紙芝居よろしく、「文章描画法」の手法でシーン展開をやればよい。ただし、ここに重要なポイントがある。これを外すと効果半減だ。それは、自伝であるがために真実を吐き出さねばならないという点だ。
「俺は、こんな凄い体験をした。けどょー、世間体もあるしなぁ、真っ正直には書けるものか」という人が多い。
●せっかく本にするのだから立派にしたい。格好良くデフォルメ(改変)してもいいだろう。という気持ちになってしまいがちだ。これが、自伝をつくる上での最大の関所なのだ。弁慶じゃないが、勧進帳を読み違えるとせっかくの素晴らしい計画も水の泡になりかねない。
●フィクションを専門とするプロの作家なら、ここのところはうまく創作し、読者や観客の心をつかむだろう。しかし、素人はそうはいかない。いくら恰好よくみせようとしてもボロがでる。中身に真実がないからだ。目立つのは自慢話。
●これまでの経験では、およそ七割がこの傾向ありだ。これでは読み手はウンザリして、遂には本を投げ出してしまう。十分心得なければならない。 わたしは、所属する日本自費出版ネットワークが行う「自費出版文化賞」の小説部門選考委員を務めたことがある。三十編余審査したが、やはりこの傾向がみられた。そんななか、ただ一編、素晴らしい短編作品があった。或有名な劇団リーダーとの青春時代の出会いを綴ったもので、詩的で素直で、文章に気取ったところもなく、作者の心の奥から湧き出る感情をそのまま文字に託した如く感じられた。ちなみにこの作者はご高齢のご婦人だった。にもかかわらず、若人のような瑞々しさをも感じた。それで、審査通過ということにした。結果は残念ながら賞には届かなかったが、見事最終選考まで残った。
●このように、自伝を執筆する場合、気負い、エエ恰好、素人がよくやってしまう難しい漢字を使った難解な文章表現は百パーセント避けるべきだ。
つづく


★前回チラシ二面



山の辺書房 自分史書き方ガイド 第6回

第6回
「書きはじめ」の重要性


●自分史などの通常の原稿は前述(例その一)(例その二)の如く、まず主人公の詳しい説明から始まる。あれも、これも、……と欲が出るのか大変長い文章が多い。読み手は、余程のことがない限り、この冒頭部分で本を閉じる。


●書きはじめとは、謂わば、物語の森への呼び込み人だ。つまり、森の玄関口なのである。放浪記でおなじみの林芙美子女史は、この書きはじめ数十行に拘り何十回も直しを行い大変な努力をしたことは有名な話だ。


●文豪トルストイなどもそうだ。つまりは、洋の東西を問わず殆どの文豪も同様に苦労した。それ程に[書出し数ページ]はフィクション、ノン・フィクションを問わず物語全体で最も重要なところなのである。


●わたしの実践している「文章描画法」では、この点に注目。その方法とは第一行目から読み手に強烈なイメージを与えることだ。主人公が最も表現したい一場面(永い人生を回顧するとき、決して忘れ得ない場面というのが誰にでも一つや二つある筈) を、会話を主とした台本的記述でこと細かに表現する。その会話文はノン・フィクションでなければ書けない詳細な言葉が飛び出す筈。


●このとき、決して気取ってはいけない。より面白くしよう、もっと迫力を出そう、などの創作気取りは命取りになる。あくまでも真実。この点が要注意。


●第一シーンの段階では未だ、この物語の主人公は誰で、場所はどこで、家族構成はどうで、時代背景はどうで、などベースになるところは全く書かない。読み手が判ることはただインパクトのある主人公の、或いは、家族に起こった大事件か、大騒動か、又は、それに類する事象の一シーンだけだ。


●テレビのスイッチを入れる。先ずタイトルが流れ次に最初の場面が現れる。もっとも、予告などで予備知識があれば別だが、大抵の場合は何も知らされていない。そこで、「さぁどうなるのか……」という想像のスイッチが入る。予備知識が無いということは、頭の中は空っぽで真っ白な状態なのだ。そこに、強いイージをもった「文章描画」が出現するわけで、このファーストシーンの出来栄えが最高なら読み手はド胆を抜かれ、同時に「これは面白そうだ」という意識を抱くことになる。――何度もいうが、これがわたしの狙いどころなのである。


●さて次に、第二のシーンに移る。あらためていうことではないが文章描画は本物の画像ではない。画像のもとになるシナリオ台本の文章画像だ。あるのはポイントをおさえた簡単な説明と、登場人物の重要な意味を含ませた仕草を描写した短文のみだ。読み手は、それらを理解しつつ含蓄ある心の叫びの「セリフ」を読むことになる。会話というものは、聞いても面白いが、読むと更に味があり、想像力をかきたてられる。


●ここに、文章の神様といわれた文豪、志賀直哉さんの大正時代に出版された[夜の光]という作品集がある。わたしの大好きな短編集だ。なかでも、大正六年七月に発表された「好人物の夫婦」というのがあり、この作品の会話部分が実に素晴らしいというか面白い。どんどんイメージが湧いてくる。


つづく


★ここで、書き方ガイドシリーズブログにお寄せ頂いたご意見をもとに、チラシをつくりました。これは、近々橿原商工会議所から発送される予定です。
★このチラシは、皆様の投稿のなかで、「自分史を出したいが、業者とのやりとりが不安で……」というものが多かったため急遽作りました。下記に掲げます。お読みください。

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