自分史、電子書籍、素人さんへの警告チラシ

自分史書き方何でも相談と電子書籍出版及び警告チラシ

山の辺書房 自分史書き方ガイド 第5回

連載第5回  
過去の思い出を訪ねる時脳細胞が活性化される

●自伝・自費出版のジャンルは著者の自己満足という領域が大きいと言える。それでも、何かを書くという行為は、今流行りの脳の活性化に効果的であると脳科学者が言う。
――考え、イメージし、心静かに往時を回顧する。これほど人生を歩むうえで有意義なことはない。


●そこで、もうひと押し! 折角苦労して書き上げた作品を一人でも多く読んでもらうにはどうすれば良いか。なぜ読んでもらえない……本を手にした人たちが多忙なのか、或いは、読むことが好きでないのか。なぜ興味を示してくれないのか。


●答えは……ズバリ面白くないからだ。更にもう一つ……時代の変遷ということもあるのではないかと考える。現在は超情報化現象の渦中だ。指先だけでいとも簡単にあらゆる情報を受けることができる。一昔前は夢物語だったことが、もの凄いスピードで実現する。「あぁスゴイ、便利だ、これは楽だ!」のみならず、これらの文明の利器には刹那的なる面白さも加味されている。いきおい、老若男女、さらには子供までもが当然のこととしてこれらを受け入れている。ある種の洗脳現象かもしれない。この積み重ねで本来の人間脳力が減衰してしまう。
――これは大変なことなのだが殆どの人は気付いていない。誠に残念だ。


●読書家は勿論だが、そうでない人でも一応は心得ていた筈の「行間を読む」という意識。この言葉さえ既に死語になりつつある。このことが各々の人生にとって良いのか悪いのか判らないが現在とはそういう時代なのだ。こんな状況下で、先に掲げたような従来の書き方、本づくりでは通用しない。


●じゃ、どうすれば読んでもらえるか? 本冊子冒頭第一章「ど根性」の書出し部分を思いだして欲しい。これはテレビ又は映画のトップシーンのイメージだ。本物の映像ではないが、文字で描いた文章描画ということになる。(この「文章描画」なる言葉はわたしの造語)わたしは約二十年前、この書き方で自著、実話物語を児童文学として書き上げた。出版後の結果はどうであったか?


●第一声は「一気に読んだ」という声。その後、この方法で今日までやってきた。結果は良好。そんな中、古い書き方に固執している或文士から、
「これは単なる演劇のシナリオ台本にすぎない」と酷評された。
 正に彼のいうとおり、わたしの「文章描画法」はシナリオ・台本的である。しかし、それがこちらの狙いなのだ。シンプルで適切なト書(説明文)とセリフ(会話)……この二つで成り立っているシナリオ。映画監督はこれをもとに絵コンテを描く。この文章描画がしっかりしていれば、自ずとイメージがわいてくる。わたしの狙いはこれなのだ。


●読書をするということは行間を読むことで、その醍醐味は、読者が自分流のイメージを思い描くことだと考える。同時に、このイメージが鮮明になれば物語の世界に没頭することになる。

――イメージの世界に入り込むと、物語の展開に興味を持ち、次々と魅力的な、或いは刺激的な香りに誘われ、物語の奥深くへ歩を進めて行く。そして、我に返った時、このイメージたっぷりの物語の森を通り抜けている自分に気づく。これが、わたしが目指した「一気読み」だ。


●確かに、かの文士の指摘通り、自伝とは概ね私小説的である。否、そうあるべきなのだ。そう考えると、わたしのやりかたは異質だ。もっと突き詰めればおよそ文学書らしからぬ作品ということになる。このことは十分承知だ。承知のうえでこの書き方をしている。――何故か?それは、個人の自伝でも「本気で見てもらえる・読んでもらえる」からだ。


●とりわけ自伝(自分史)の類は、それを書いた著者の生きざまを一人でも多くの人に読んでもらうことが最大の目標だ。ここでは、これは私小説だとか、文学的にどうかなど問題じゃない。自著「ど根性」の場合、「元気が出た」「生きる勇気をもらった」等々読者の意識向上に大きな影響を与えたことが、読後感想の便りを読んでみて確認された。
●わたしは、これが自伝の王道だと確信している。
●さてここで、「文章描画法」についてもう少し詳しく書いてみる。
つづく
――――――――――――――――――――――
お便りを拝見して
★今回の「書き方ガイド質問コーナー」に多くの便りを頂きました。その中で一番多かったのが文章作法でなく【出版に対する不安・広告に出ている自分史募集について】です。拝読して感じた事は「激安出版」などの広告に疑念を抱いているご様子。一度連絡すれば知らぬ間に多額の費用を請求されるのでは? というものでした。確かに一理ありですね。そこで、ご参考までに、自分史・自費出版の現状チラシを掲げておきます。(これは、橿原商工会議所から当該地区全会員に配布したものです。)ご精読頂ければ幸甚です。


■チラシ表↓

★国民生活センターデータ
(国民生活センター広報一部抜粋) [2007年11月9日:公表]
自費出版に関する相談が増加(前年の2倍)
-作品をほめられても、安易に契約しない―
 自分の書いた詩や小説、自分で撮影した写真などを本にまとめたいという人が自分で費用を負担して本を出版する自費出版に関する相談が増加している。
 自費出版に関する相談は「自分の作品をほめられて気持ちが高揚して契約をしたが、あとから考え直して解約をしたい」「出版の契約がきちんと履行されない」などがある。自分の作品を出版することに興味を持っている消費者が、事業者の主催するコンテストに応募したり、広告を見て問合せをするなど、消費者のアクセスが契約のきっかけとなっているケースが多いが、事業者が作品をほめて、消費者の気分を高揚させて勧誘している場合も少なくない。消費者は、出版に関する知識が必ずしも十分ではないため、契約するにあたっては注意が必要である。
★国民生活センターHPより抜萃、以上★
―編集室より――――――――――


●以前にも書いたが、或るご婦人が来て「出版社の言いなりに自費出版したが出版した本が全部(150万相当)が全く売れなかったと言う理由で返本された。何とかならないでしょうか?」と泣きついてきた。――こんな事例が複数回ありました。――私は「破棄する以外どうすることも出来ません。…残念ですが」とお答えした。
●このケースでは出版契約書の類いはゼロ。口約束の甘言のみだった。つまり『夢を買った』だけ。国民生活センターの統計ではこの傾向が年々増加しているという。中でもご婦人方が多いとグラフが示している。
●私のホームページでもこの件について掲げているが、漫画全盛・ゲーム蔓延の現在、プロ作家でも返本が出る。余程のことが無い限り自伝の類いは誰も読まない。――時代が変わってしまったのだ。
●それでも、「何とかして自伝を書きたい人」が居る。編集室としてありがたいことで、「書き方ガイド」ブログを発信し続けている。――安全安心の本作りを実現するめ。
●当編集室は必要経費のみで40年間やってきました。自分史全盛時と違い現在は【電子書籍出版】が主流となっている。これは自分史制作出版者に福音だ。何故なら、出版するか否かを著者自身で決めることが出来るからだ。 



●当編集室のコンセプトは【人生の喜怒哀楽を共有】することです。そのために安全安心の体験発表プラットフォーム構築を最優先しています。


――これは、電子書籍出版だから出来る事で、著者は第一段階としてAmazonKindle出版して読者反応をみること。そこで読者が付けば正式に紙本印刷すれば良いのです。読者不在の書籍は意味がありません。



山の辺書房自分史編集室ホームページ


山の辺書房 自分史書き方ガイド及び質問答え

本ブログ訂正とお詫び


本ブログ電子書籍出版例の箇所で経費計算が担当者の入力ミスで、100頁制作を10頁制作料金として掲げていました。(正解は、1頁=672円×1.5円で、100頁では67,200円。それに表紙デザイン、仮本制作代20,000円。合計=87200円となります。)


誠に申し訳ありませんでした。――スタッフ一同。




連載第四回


新境地を開く


●自著「ど根性」発表・発売後、多くの読者の皆さまから、「一気に読んだ・一晩一睡もせずに読んだ」という、狙い通りの感想を頂いた。のみならず、教育関係者にも好評を得た。また、或大学の先生から、「ど根性という作品を読み終え、暫くは放心状態でした」という作者として大変嬉しい言葉も頂戴した。出版後、作品は学校図書になり歌謡曲にもなった。――これが私にとって、その後の執筆編集活動を決定づける最良の表現記述法だと確信するに至った。


●人生は紙芝居のような絵の連続であるという発想。おもちゃのような電子機器が闊歩する現在、その様はあたかも、嘗て手塚治虫氏の漫画に登場するお茶の水博士が摩天楼を仰ぎ見て、「今に、文明が人間を支配する世の中になるぞ」と予言した如く、人間本来が備えている想像力が低下の一途をたどっているように思える。あらゆる事象が受身で事足りる世の中になってしまった。


●本来人間は能動的思考回路を備えているものであるが、今は違う。完全とはいわないが、この能動的が受動的に変化してしまった。そのため、イメージ力が極端に低下し数々の弊害が生じている。しかし、これが世の流れというものかも知れない。最早「行間を読む」という言葉さえ死語になってしまった感がある。意識の幼児化現象だ。


●こんな世間に従来のような説明重視の自分史を出版しても、誰も読まない否読むことが出来ない状態に陥っている。そこで、シナリオで修得した方法をとりいれ、文章を画像化して、人生の伝えたい部分を紙芝居或は映画の一シーンとして描写することが最良の方法ではないかと思いついた。映画監督がやる「台詞とト書き」で絵コンテという発想。


●自分史の最初の数ページを開くと、いきなり場面描写。そこで、読み手は、「何だ、何だ」と次の頁をめくり、話の続きに興味を持ってくれる筈。井戸端会議で「それで、それからどうしたの?」と話題提供者に対し他の人が合いの手を入れるのと同じ心理状態を作り出す。


●さて、ここで一服して、従来の自伝・自分史の半ば定型化された書出しを抜粋してみましょう。


従来の自分史にみられる典型的な例


(例、その一)


『徳川三百年の武家政治も清算され、世は正に明治新政権に移らんとして上を下への騒動の真っ最中、慶応三年も早や暮れようとする師走の二十一日、○〇の国○○村の一隅で、○○の二男として父は生まれ幼名を○○と命名された。……云々』


(例、その二)


『私の家系は○○川の上流現○○村のひなびた里で、父○○、母○○の次男として産声をあげた。長男は農業で……云々』


(例、その三)


『○○家は先祖代々農業を営み、村では中以上の財産家であったが、本家は長男が相続した。この人物は人並み外れた強欲な性格で……云々』


●これまで扱ってきた生原稿(既刊本含む)、そのほとんどがこの調子だ。――自伝・自分史だからこの書出しは正しい。自分の歩んだ道程を記すのだから先ず自己紹介から始まり、順序を追って書き綴るのは当然だ。それで、著者のみならず自伝づくりに携わる者は、このやり方を疑いもなく当然のこととしてやってきた。謂わば、自伝・自分史づくりの正道といえる。こうして作られた本は、その出来栄えも立派。書いた本人も満足。印刷業者・出版社も能事足れりということで代金を貰う。一応成功裡に出版祝賀会となる。


●ところが、ここからが問題なのだ。著者は得意満面で各所に寄贈、または、知人・友人に買ってもらう。が、その先までは予想がつかない。そこには、わたしのように何十年もこの仕事をつづけてきたものにしか見えないものがある。それが、「殆ど読まれていない」という事実。


●多額のお金を払って出版した立派なハードカバーの自伝。書いた本人は、皆が読んでくれていると思い込んでいる。ところが実際は本棚の隅っこにきちんと行儀よく納まっていて、のみならず、一度も開かれた様子もない。これが現実なのだ。一般的な出版数の百冊余りならまだ救われる。ところが、出版社のなかには常套的甘言、「これは素晴らしい! もしかすると作家になれるかも……」――その気になって多量の部数を作ってしまう。


●はっきり言って、余程のことがない限り個人の自伝は売れない。今の時代、プロ作家の本でも返品がでる。結果として出版社から戻された返品の山を見ることになる。数年前のことだが、「狭い家に山積みされた返本の山を毎日眺めることに耐えられなくなった」と、自分史を作ったご婦人(グレー業者の甘言に乗っかって自費出版した人)がわたしの事務所に来た。「○○出版社で、言われるまま多量の本を作ったが、まったく売れない。何とかしてほしい」


というのだ。わたしは即座に破棄処分をすすめた。どうにもならないからだ。その後も同じようなケースがあった。


●これらを見聞きするたびに胸が痛む。わたしは、伝記や、それに類するものが好きで、商売プラス趣味の境地でこの仕事をしている。魅力は何と言ってもノン・フィクションという最高の舞台だ。それで、この仕事をする以上、このような現実を何とかしたいという思いがある。


……………………………………


★今回の「書き方ガイド質問コーナー」に多くの便りを頂きました。その中で一番多かったのが文章作法でなく【出版に対する不安・広告に出ている自分史募集について】です。拝読して感じた事は「激安出版」などの広告に疑念を抱いているご様子。一度連絡すれば知らぬ間に多額の費用を請求されるのでは? というものでした。確かに一理ありですね。そこで、ご参考までに、自分史・自費出版の現状チラシを掲げておきます。(これは、橿原商工会議所から当該地区全会員に配布したものです。)ご精読頂ければ幸甚です。


■チラシ表↓

(国民生活センター広報一部抜粋) [2007年11月9日:公表]
自費出版に関する相談が増加(前年の2倍)
-作品をほめられても、安易に契約しない―
 自分の書いた詩や小説、自分で撮影した写真などを本にまとめたいという人が自分で費用を負担して本を出版する自費出版に関する相談が増加している。
 自費出版に関する相談は「自分の作品をほめられて気持ちが高揚して契約をしたが、あとから考え直して解約をしたい」「出版の契約がきちんと履行されない」などがある。自分の作品を出版することに興味を持っている消費者が、事業者の主催するコンテストに応募したり、広告を見て問合せをするなど、消費者のアクセスが契約のきっかけとなっているケースが多いが、事業者が作品をほめて、消費者の気分を高揚させて勧誘している場合も少なくない。消費者は、出版に関する知識が必ずしも十分ではないため、契約するにあたっては注意が必要である。
★国民生活センターHPより抜萃、以上★
―編集室より――――――――――
●以前にも書いたが、或るご婦人が来て「出版社の言いなりに自費出版したが出版した本が全部(150万相当)が全く売れなかったと言う理由で返本された。何とかならないでしょうか?」と泣きついてきた。――こんな事例が複数回ありました。――私は「破棄する以外どうすることも出来ません。…残念ですが」とお答えした。
●このケースでは出版契約書の類いはゼロ。口約束の甘言のみだった。つまり『夢を買った』だけ。国民生活センターの統計ではこの傾向が年々増加しているという。中でもご婦人方が多いとグラフが示している。
●私のホームページでもこの件について掲げているが、漫画全盛・ゲーム蔓延の現在、プロ作家でも返本が出る。余程のことが無い限り自伝の類いは誰も読まない。――時代が変わってしまったのだ。
●それでも、「何とかして自伝を書きたい人」が居る。編集室としてありがたいことで、「書き方ガイド」ブログを発信し続けている。――安全安心の本作りを実現するめ。
●当編集室は必要経費のみで40年間やってきました。自分史全盛時と違い現在は【電子書籍出版】が主流となっている。これは自分史制作出版者に福音だ。何故なら、出版するか否かを著者自身で決めることが出来るからだ。 ↓裏へ


■チラシ裏面↓

【山の辺書房自分史編集室で電子書籍を制作出版する場合】
★無料領域
①ワープロ等で原稿を書いて頂く。
②お原稿を郵送して頂き拝見。
③そのまま出版可能か否かを判断。
④素人さんのお原稿はその殆どが完成原稿とならない。そこで書き換えのアドバイスします。但し、詩・俳句の類いを除く。
⑤この繰り返しを何度かする。徐々に完成原稿に近づく。(私の指導がお気に召さない場合は白紙にする。勿論、この作業は無料です。
⑥努力の甲斐あって、原稿校了。ここで電子書籍出版するか否か決める。出版しないのであれば経費はゼロ円。出版するなら次へ……
★有料領域
①著者―当社間の出版契約書作成。但し電子書籍として。
②校了原稿の電子書籍データ化(1文字1.5円計算)し、出版前に仮本制作。(仮本+表紙デザイン代20,000円)。
③著者が仮本の校正する。【校正は著者が全責務を負う事が原則】
④納得いくまで仮本訂正して頂き、著者の校了確認書を受領。
⑤ここで愈々AmazonKindleサイトにサイトアップ。公開――全世界へ。
※さて、経費面ではどうなるか?
 原稿執筆完成(無料)+完成原稿組み版(1.5円×1P原稿文字数)+仮本作りと表紙デザイン代20,000円。Amazon出版代は無料。
…………………………
●当編集室で行っている素人さまの電子書籍制作出版は以上の通り。
【制作例】

――100頁冊子の計算例――
●現在AmazonKindleで一番人気の「平成の大洪水」の場合。
本文14ポイント活字。448文字×1.5円=1頁が672円。100頁で67,200円。
仮本・表紙デザイン、20,000円。
●この体裁で電子書籍をAmazonで出版するのに郵送料込で正味(87,200円)で出版出来ることになります。
※ネット出版した場合、親戚や知人友人に宣伝する。


●当編集室のコンセプトは【人生の喜怒哀楽を共有】することです。そのために安全安心の体験発表プラットフォーム構築を最優先しています。


――これは、電子書籍出版だから出来る事で、著者は第一段階としてAmazonKindle出版して読者反応をみること。そこで読者が付けば正式に紙本印刷すれば良いのです。読者不在の書籍は意味がありません。

山の辺書房自分史編集室ホームページ
http://web1.kcn.jp/y-pub

HP


山の辺書房 自分史書き方ガイド

連載第3回
文章を絵画的に表現した結果
何が起こったか!?


●「文章描画法」は読み易い。苦も無く読める。だが、果たして主人公の心の奥まで表現出来ているのか。このような疑問は物書きには陰の如くついて回る。いくら気力を込めて書いたつもりでも、自著のことは闇の世界だ。物書きの孤独もこの点に証明される。
 本当に中身はどうなのか? 
「ど根性 昭和繁盛記」を出版後各界から頂戴した感想文の一部を次に掲げて考察する。


…………………………書評・感想文抜粋……………………


ど根性: 昭和繁盛記 (実話物語)
下川殖久,向井靖徳
山の辺書房

ど根性: 昭和繁盛記 (実話物語)
ど根性: 昭和繁盛記 (実話物語)
山の辺書房
2019-01-19
Kindle本

A氏
 児童図書「ど根性」発表記事を新聞で見て直ぐ買って知人にも送り紹介しています。
 極貧のどん底の生活から耐え忍び苦闘して立ち上がった根性は【金次郎、おしん】そっくりで、涙と力強さをもって読ませていただきました。
 万人必読の書。心から頭がさがりました。


B氏
 午後から仕事を休み、一気に読み終えました。夜はすでに一時過ぎになり、床のなかに入り眠らねばと焦りはしたものの、深夜の河原に、言語を絶する過酷な労働に骨身を削るひとりの小学六年生が脳裏をかけ巡り、とうとう朝まで一睡もできなかった。
 あまりにも凄まじい苦難の実話でした。
 激動の昭和に、しかも我が郷土に、明治、大正期に見る立志伝中の人物が実在したとは……。この本こそ一般人はもとより青少年必読の書といわずして何といえよう。


C氏
 地を這うような、どん底の人生から立上がる凄絶さ。誠に目を見張るような人生だと思います。
 一気に読みおえた私は、目を閉じた儘、暫く放心状態でした。やがて、万感交々去来するものがありました。
 今更のように、主人公の人間の深みを感じました。誰にでも真似る事が出来るものではありませんが、せめて心の糧にしたいものだと思います。


D氏 
 想像を絶するような苦労を淡々と乗り越えてきた主人公の鋼鐵のような強い意志と精神力に感動をおぼえた。
 母に心配させたくない、悲しませたくないと、がむしゃらに頑張り抜く少年の姿が今も瞼に焼き付いて離れようとしない。
 少年少女諸君がこの本に接するとき、今、自分たちが忘れかけている〝何か〟を思い出し、同時に、さらに大きな夢と希望を抱いてくれるであろうことを確信する。


E氏
 児童図書「ど根性」を読みまして只々感動するばかりです。まだ幼い十一才のときより真夜中のじゃり持ち土方仕事にでて、両親を思い、家庭を思い、また、自分に打ち勝つ精神力、たくましさ、その精神の粘り強さには驚嘆するばかりです。
 とくに、百頁の、母親が我が子に詫びて見送るあの情景が涙させるものでした。
 大阪の釜ヶ崎で立ちん坊で働き、ドヤ街の生活をしながらよく頑張りましたことは[ど根性精神]のひと言につきるものと思います。
 主人公の社会での生活された場面も、人間性の切磋琢磨が相まって築きあげられた人生観は、わたしの胸を深く打ちました。
 作者が、主人公の人柄を克明に掘り起こしたこの著作は素晴らしく、その執筆に感銘いたしました。


F氏
 嵐の中に、小さな舟が波にもまれつつ幼い魂を燃やし続ける主人公、主人公の人柄に感動しました。
 現在の中学生や高校生に、また、ひとりでも多くの方々に、この本を読んでいただきたい。
 学ぶことのみを知って、真に生きる力を失いつゝある昨今、失意のどん底にいる若者たちよ、この本の主人公のように、這い上がれ、地の底から這い上がれ。失敗を敗北であると思い込む若者。このことで、年間多くの命を自らの手で失う(自殺)。
 失敗をバネにして、雑草のように生き抜いてほしい。そんな訴えをしている本が少ないなかで、「ど根性」の本は、失敗は敗北ではなく、人生のバネであり、苦労は他人のためではなく、自分のものであると教えている。


G氏
 「ど根性」なる作品に接する機会を得て、非常に感激している。
 今、わたしは、この一冊の本を読み終えたが、自分自身呆然としてしまって、何だか、自分の頭に占めていた既定の概念というものがすっかり掃き消されてしまったような気がしている。


 書評を書くその糸口すら直ぐに出てこない始末だ。
 わたし自身の生活体験は勿論のこと、わたしの頭のなかでも想像できない、主人公おさむ君の壮絶たる生き様のなかに、現在の人々がとっくの昔に忘れてしまった人生の真の価値について答えてくれる何かがあるような気がする。


 昨今、こどもたちを取り巻く環境は誠に憂慮すべきものがあり、数多くの学生諸君が学校生活のなかで、自分の生きる意味を見失い、喘ぎ苦しんでいる姿を多く目にしますが、どうしたら彼らに、それぞれの人生目標を掴ませ、自分の生き甲斐を見つけさせてやれるのか……。日夜、悩み続けている。


 近年、わが国は、急激な経済発展により、国民生活は豊かになってきたが、反面、学校の荒廃等憂慮すべき問題が生じている。
 社会に於ける幾つもの退廃した現象、そのなかでの家庭崩壊。併せて低学力という三重苦を抱えた現在の悩めるこどもたち。そんな彼らが、自力ではどうすることもできない苦しみのどん底から激しく訴える姿……それが、教師に或いは学校に対して苦悩をぶつける行為……。こうしたことが、校内暴力の様々な姿となってあらわれているのではないか。


 この「ど根性」作品のなかで、主人公の置かれている生活実態は、現在のこどもたちと比較すれば、それは、とても想像できないほど凄まじい状況である。然し、その渦中に居ても決して自分自身を見失うことがなかった。自分の生きる目的をしっかり胸に抱いて、それを支えとして這いつくばって頑張ってきた。それには、彼自身、天性ともいうべき強じんな意思力を備えていたからだ。



 そんななかで、ただ一つ、彼にとって幸いしたことは、どん底生活でも最後まで家庭が崩壊することがなかったことだ。なかでも、どっしりとした母親の愛の姿が存在していたからだと思う。だからこそ、主人公の心の裡には、親に対する孝心、貧しくとも必死で家庭を愛する心が生き続けてこられた。


 そして、周りの皆が自分を蔑み、嘲笑しているなかで、自分を認めてくれ、心のなかに一筋の光をさしこんでくれた人……それは、教師、区長、役場職員だった。これらの方々の一言によって、自らのツッパリの殻を脱ぎ捨てやる気を奮起させた。ここのところを、この本の作者は、底辺に置き去りにされたこどもたちの心理をものの見事に描き出している。


 わたしは、この作品のなかに生き続ける主人公の生き様に、また、彼を取り巻く環境に今更ながら教育の原点を再発見、再認識させられた気がする。
 今日、わたしたちの周りを振り返ってみると、こどもたちに身体に汗して、そのなかで感動が得られるという直接体験を体感させられる機会が非常に少なくなっている。とりわけ、教育現場では五感を通して得られる喜怒哀楽感情を育てることが次第に困難になってきている。このことが、こどもたちに「根性の精神、強い意志力」を育てにくくしている原因ではないかと考える。


 たしかに、この本の主人公が育った時代背景は今とは別世界の感がある。しかし、この作品のなかに脈々と流れる主題(精神的な価値)は、時代を超え、いかなる社会に於いても相通じるものがあり、作品を読む人の心を揺り動かす。


以上、抜粋です。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


★ここにお寄せ頂いた書評、感想文の殆どが教育関係者でした。今、教育現場ではいじめや、それに対する関係者の隠蔽事犯などが当然の如く発生しております。


★真の教育とはなにか? 青少年の人間形成がねじ曲げられている現状。なんとかしなければという極一部の教師もいるが、我田引水をよしとする巨大組織になすすべがない。最早、昭和初期のような健全なる環境には戻れないのだろうか?


★私事の体験だが、中学で厳格な先生が居た。竹刀を腰に差して教室に来るのだ。皆直立不動で迎える。だがこの教師、生徒に注意するとき、竹刀でこっぴどく殴ると思いきや、当該生徒の前に立ち「実に優しくトントンと竹刀で脳天に触るだけ」だった。それでも生徒は震えていたが、心底反省もした。これが「教育の原点」だったと今でも懐かしく思い返している。


★ゲームや漫画全盛の社会構造――これらは刹那的快楽を味わうことが出来るが、真の心の喜びを育てることは出来ない。


★良書を読む……感じる……考えるなどは、人間成長に欠かせないものだ。このことに関係者をはじめ社会も真剣に考えなければならない時ではないのか。学生時代「心が折れそうになったとき」ヘッセ・トルストイ・ドストエフスキー……etc.などを読んだ。すると不思議に心が豊かになり一歩向上したような気持ちになったものだ。この感覚を現在の青少年、否、成人できていない大人たちにも味わってもらいたいと希望している。


★異常気象もさることながら、人間世界にもリアルに虚無の世界が目前に迫っている感がします。特に指導者達の【我田引水】は目に余るものがある。
 〝体は大人でも精神構造は三歳児〟が蔓延している現在社会――指導的立場にある者の猛省を促さざるを得ない。そうでなければ子供達に申し訳が立たないだろう。
 こんな折、あろうことか【教師のいじめ事件】が報道された。「嗚呼、どうしたらいいんだ。人間失格そのものである」
 この悲しすぎる現実に言葉を失ってしまった。


山の辺書房自分史編集室 代表、よしいふみと


hp

●山の辺書房自分史編集室発行.Amazon電子書籍はホームページ内に掲載。